「絵葉書からみるアジア」は、京都大学東南アジア地域研究研究所政治経済共生研究部門(貴志俊彦教授)が中心となって、2004年以降収集してきたアジア関係の絵葉書コレクションである。収集された絵葉書は、「日本」「中国」「中国(蒙古)」「中国(満洲)」「香港」「台湾」「朝鮮半島」「東南アジア」「ソ連/ロシア」「樺太/サハリン」「太平洋」といった広範な地域に及んでいる。
絵葉書をはじめ、ポスター、伝単、絵画、写真などの図画像資料は、歴史資料として高い有用性を持つ。いうまでもなく、絵葉書は、きわめて20世紀的なメディアといえる。写真や絵画、デザインといった素材を中心とした、ビジュアルな媒体だと思われがちだが、文字や記号、ときにはイギリスのデッカ・レコード社が受注販売しているポストカードレコードのような音絵葉書、さらには動きを取り入れた遊ぶ絵葉書など、メディア・ミックス的な印刷メディアであった。今日も多くの絵葉書愛好家が存在することからわかるように、絵葉書は受け取り手のイマジネーションをかき立てるメディアなのである。
その一方で、画像には製作者、販売者、印刷会社、さらには検閲機関が盛り込んだ情報も示されている。戦前・戦中に帝国日本で制作、販売された絵葉書のうち、満洲や蒙疆政権を含む中国、台湾や朝鮮などの植民地、関東州や樺太、満鉄沿線などの租借地を対象とした絵葉書は、すべて検閲を経ている。「絵葉書からみるアジア」では、歴史資料としての価値を尊重して、絵葉書に書かれたテキストやデザインを加工することなく、そのまま公開している。利用や解釈にあたっては、時代背景を斟酌していただくことを切にお願いしたい。また、絵葉書に描かれた図像に注意するだけでなく、何が描かれていないかについても、探索する必要があることも強調しておきたい。そういった読み解き無しに絵葉書の図像をそのまま受け取ってしまうと、製作者のプロパガンダや検閲を通じた隠蔽による偏った情報に惑わされてしまうことになる。
ともあれ、絵葉書が描く世界は、実に多様かつ多彩である。本コレクションの利用をきっかけに、絵葉書というメディアに関心を抱いていただくとともに、その活用方法について、あらたなアイデアを提起していただきたいと願っている。
※絵葉書(左上): サイパンのチャモロ人がカトリック教会に礼拝に向かう様子。スペイン統治時代に建設されたマウント・カーメル教会。現在の教会は、戦後に再建されたもの。
※絵葉書(右上): バンコクの旧人民議会議事堂(現・アナンタ・サマーコム宮殿)。1907年ラーマ5世(チュラーロンコーン)の命によって建設が始まり、8年かかってラーマ6世のときに完成。屋根の色や一部のレリーフが変わっていることがわかる。
(参考)
- 貴志俊彦「絵葉書に見る日本と中国―メディアと検閲制度―」(立命館大学国際平和ミュージアム『2016年度秋季特別展 絵葉書にみる日本と中国 1894-1945』、2016年10月)
- 亀田尭宙・貴志俊彦・原正一郎「東アジア絵葉書データベースのシステム設計」(『研究報告人文科学とコンピュータ(CH)』2019-CH-119巻、12号、2019年2月9日)
(研究成果)
- 貴志俊彦『満洲国のビジュアル・メディア――ポスター・絵はがき・切手』(吉川弘文館、2010年6月)(韓国語版『비주얼 미디어로 보는 만주국 : 포스터·그림엽서·우표』전경선 역(소명출판、2019年3月)
- 貴志俊彦・白山眞理編『京都大学人文科学研究所所蔵 華北交通写真資料集成』全2巻(国書刊行会、2016年11月)
- 村松弘一・貴志俊彦編『古写真・絵葉書で旅する東アジア150年』(勉誠出版、2018年3月)
- 貴志俊彦・朱益宜・黄淑薇編『描かれたマカオーーダーウェント・コレクションにみる東西交流の歴史』(勉誠出版、2020年1月)
- 鍾淑敏・貴志俊彥主編『視覺臺灣:日本朝日新聞社報導影像選輯』(臺北:中央研究院臺灣史研究所、2020年12月)
- Toshihiko Kishi, “Mᴜʟᴛɪɴᴀᴛɪᴏɴᴀʟ Pᴇʀsᴘᴇᴄᴛɪᴠᴇs ᴏғ Vɪsᴜᴀʟɪᴢᴇᴅ Jᴏᴜʀɴᴀʟɪsᴍ ᴏɴ ᴛʜᴇ Sɪɴᴏ-Jᴀᴘᴀɴᴇsᴇ Wᴀʀ: Cᴏᴍᴘᴀʀᴀᴛɪᴠᴇ Sᴛᴜᴅʏ ᴏғ Mᴇɪᴊɪ Jᴀᴘᴀɴ, Qɪɴɢ Cʜɪɴᴀ, ᴀɴᴅ Eᴜʀᴏᴘᴇ,” pp. 42-55, Toshihiko Kishi, “Vɪsᴜᴀʟ Mᴇᴅɪᴀ Tʀᴇɴᴅs ᴅᴜʀɪɴɢ ᴛʜᴇ Rᴜssᴏ-Jᴀᴘᴀɴᴇsᴇ Wᴀʀ Pᴇʀɪᴏᴅ: A Cᴏᴍᴘᴀʀᴀᴛɪᴠᴇ Sᴛᴜᴅʏ ᴏғ Mᴇɪᴊɪ Jᴀᴘᴀɴ ᴀɴᴅ Cᴢᴀʀɪsᴛ Rᴜssia,” pp. 80-91 in Kaoru Ueda ed., Fanning the Flames: Propaganda in Modern Japan, Hoover Institution Press, June 2021.
- 「戦前期東アジア絵はがきデータベース」
- "Linked Archive of Asian Postcards"
- "Harvard-Yenching Library New Holdings in Manchukuo History: Needs and Opportunities"(ワークショップ: 2016年5月19日Harvard-Yenching Library開催)
- "Frames and Platforms: Approaches to the Study of Manchukuo Postcards and Other Visual Sources"(ワークショップ: 2019年5月4日Harvard-Yenching Library開催)
- ""War Fever" as Fueled by the Media and Popular Culture: The Path Taken by Meiji Japan's Policies of "Enrich the Country" and "Strengthen the Armed Forces""(オンライン講演: 2021年6月10日Hoover Institution Library & Archives開催)
- 立命館大学国際平和ミュージアム2016年度秋季特別展「絵葉書にみる日本と中国」
- 京都大学総合博物館2018年度特別展「カメラが写した80年前の中国―京都大学人文科学研究所所蔵 華北交通写真」
- "Port Arthur: An Eternal Sacred Space War Monuments as Symbols of Propaganda"(オンライン展示: 2021年10月5日公開)
(事業経緯)
- 2005年3月23日、北東アジア・データベース研究会が「戦前期東アジア絵はがきデータベース」を公開
- 2007年4月1日、データベースを神奈川大学経営学部のサーバーに移行
- 2010年4月1日、データベースを京都大学地域研究統合情報センターのサーバーに移行
- 2017年1月1日、データベースを京都大学東南アジア地域研究研究所のサーバーに移行
- 2020年3月19日、京都大学東南アジア地域研究研究所貴志俊彦教授が京都大学附属図書館へ寄贈した1848点の画像を、京都大学貴重資料デジタルアーカイブでコレクション「絵葉書からみるアジア」として公開
- 2021年3月8日、771点の絵葉書画像を公開し、「絵葉書からみるアジア」の合計点数が2,619点に
(謝辞)
データベースの構築にあたっては、とくに石川正敏氏(東京成徳大学)、亀田尭宙氏(国立歴史民俗博物館)、ポール・バークレー氏(米国ラファイエット大学)にお世話になった。ここに特記して感謝の意を表したい。