菊亭文庫は西園寺実兼の四男兼季を遠祖とする菊亭家相伝の文書・典籍の収集である。
菊亭家は藤原氏、北家西園寺の世系である。西園寺実兼の四男兼季は京都今出川殿に住み、初めて今出川氏を称した。兼季は生来菊を愛し、邸内に多く菊を栽培したために、菊亭右大臣とよばれ、ついにこの名を自らの姓としたと伝えられている。八清家の一つに列なり、琵琶の演奏を家業とし、累世相うけて明治に至り、華族に列して候爵をさずけられた。
本文庫に「御琵琶誓状案」「琵琶許状」「琵琶秘曲伝受事」「琵琶入門誓紙」等琵琶の弾奏法ならびにその秘伝のこと、または「催馬楽譜」「箏譜」「奏琶要録」「仁智要録」「文机談」「楽道伝授状」等音楽、楽器に関する稀書珍籍が豊富であることは、菊亭家が、琵琶の演奏を家職とし、歴代音楽をもって朝廷に奉仕したことに由来する。これら伝世の楽書の原典が邦楽研究の根本的資料であることは多言を要しないであろう。
また「伊勢外宮正遷宮」「春日祭次第」等の神祗行事、「改元勘文」「節会次第」「三節会部類記」「禁中年中行事」等のように近世の宮廷生活ならびにその環境を想察せしめる文書記録も多い。しかもこれらの公家の文書記録は、朝儀典礼の最も権威ある貴重な文献である。
また「今出川家歴代履歴」「今出河家伝」等自家の世系、口宣案等の菊亭家家記類に富むことも、この文庫の一つの特長であろう。しかし本文庫の最も誇るべき点は、室町時代の公卿の自筆日記が収蔵されていることである。日記には「建内記」応永35年~文安1年、「惟房公記」天文10~11年、「薩戒記」嘉吉1年8月、「教忠卿記」嘉吉3年5月、「言国卿記」文明8年冬、「言継卿記」天正4年等がある。そのうち「建内記」は万里小路時房、「惟房公記」は万里小路惟房、「薩戒記」は中山定親、「言継卿記」は山科言継の日記で、いずれも自筆本である。
さらにまたこれらの日記はその当時の政治、経済、宗教、風俗等を知る最も貴重な資料である。「建内記」の用紙には消息文等が使用され、その紙背には家領に関する文書案、醍醐三宝院の満済准后等の消息文があり、この紙背文書もまた珍重すべき史料として重視されている。
本文庫の蔵書は菊亭家家記、特に家業の音楽書を主軸として有職故実に関する文書記録をもって構成されている。「源氏物語」「十訓抄」等国文学書も含まれているが、量的にも少なく、質的にも注目に値するものは乏しい。漢籍は極めて少なく「冊府元亀」等二三のものが架蔵されているに過ぎない。
菊亭文庫は大正10年11月に図書872部1,326冊、大正12年12月に図書38部43冊および文書822部が2回にわたり、故菊亭公長侯爵より永久寄託されたものである(*1)。
(解説の出典: 京都大学附属図書館編「京都大学附属図書館六十年史」第3章第3節)
1922年及び1923年に寄託されたコレクションは、新たに菊亭家関係文書・美術品と合わせて、所有者から京都大学附属図書館へ寄贈され、2021年1月に正式に所蔵資料として登録されました。総点数は1,833点で、うち従来の寄託資料が1,817点(典籍983点及び文書834点)(*2)、新規に寄贈されたものが16点(文書3点及び美術品13点)です。(従来の寄託資料の点数は、計数単位変更により*1と*2で異なります。)