中院文庫は故中院通規伯爵の旧蔵書である。中院家は具平親王を遠祖とする村上源氏の一流で、通方を家祖とし、子孫世襲して明治に至り、華族に列し伯爵を授けられた。
中院家一門の碩学は国文学史上に顕著な業蹟を残しているが、特に同家14代の通勝(1558~1610)、15代通村(1588~1653)は国文学に造詣深く、特に和歌の巧手として名声をうたわれ、近世国文学に寄与した功績は大きい。
中院文庫は大正12年元住友本社社長住友吉左衛門氏が中院家との姻戚関係の縁故から、通規氏より伝世の文書記録を含む典籍1,041冊を一括購入して寄贈したものである。本文庫は通勝、通村等その一門の学匠の自筆、または転写本、あるいは書入れ等の手沢本等を根幹とし、刊本はほとんどない。
通村、通勝の万葉集、古今集等の勅撰和歌集をはじめとし、源氏物語、伊勢物語等自筆の訓注、評釈等はこの文庫の精粋であり、また最も誇るべき代表的稀覯書である。ことに通勝の「岷江入楚」「詠歌大概」等の源語注釈書、または歌学書、通村、通勝の和歌詠草等の家集、通村の「塵芥記」「愚記」等の徳川初期の日記はいずれも自筆の原本である。
後水尾天皇の歌道師範であった通村は、世尊寺流の能筆として有名であるが、その日記、歌集に残された流麗な墨跡は十分にその声誉を裏書きしている。元和2年(1616)2月の日記に後水尾天皇の歌会のことも見え、通勝の日記と共に、江戸初期の宮廷生活を物語る極めて稀少な根本史料である。
その他通茂、通躬等の国学に関する著述、または註釈、校註等の自筆本も収集されている。また中院家歴世の朝儀典礼に関する書留、覚書等の記録が豊富であることは、この文庫の特色の一つである。記録は朝儀に列し、典礼に参じた公卿の体験的「覚」または「扣」であり、あるいはその祖先より連綿として秘伝された門外不出の「書留」である。
また社寺の祭祀、供養、放鳥等の宗教的行事を内容とする記録も少なくない。伝統と体験に基いて書き残されたこれらの有職故実の原典は、風俗史研究の貴重な素材であると共に、京都皇宮の生態を如実に伝えるものとして興味深い。
量的には多くないが、明治維新の政治的変革を主題とした実録的手記も収められ、物情騒然とした当時の京都の不安な世相が生々しくえがかれている。
中院文庫は通勝、通村の自筆本を経とし文書記録を緯として構成され、中院家学の血脈と伝統をここに見出すことができる。また文庫は中院家学の宝庫であるばかりでなく、それはまた同時に国史、国文学研究の有力な参考資料である。
(解説の出典: 京都大学附属図書館編「京都大学附属図書館六十年史」第3章第3節)