挿絵とあらすじで楽しむお伽草子 第6話 ふくろう

挿絵とあらすじで楽しむお伽草子
あらすじは、古文は苦手、何を言っているのかさっぱりわからない、でもお話の内容は知りたい、という方のために、わかりやすさを一番に考えました。厳密な現代語訳というわけではありませんが、お話の雰囲気が伝わるように工夫してあります。

第6話 ふくろう

 むかしむかし、加賀の国亀割坂(かめわりざか)のふもとに、ふくろうという鳥がすんでおりました。歳は八十三歳でした。
 このふくろうが、ある時ひょんなことから恋に落ちてしまいました。烏の九郎左衛門と鷺の新兵衛を呼んで相談します。
「実はわしは、先日松山鳥の院で管弦の会が催された時、うそ姫様が琴を弾く姿を垣間見て、一目惚れしてしまったのじゃ。日に日に思いはつのるばかり。どうにかして恋文を届けてはくれまいか。」
これを聞いた九郎左衛門と新兵衛は声を揃えて言います。
「あのうそ姫様には、鳥の王である鷲様が、姫が七つ八つの頃より心を寄せておられる。しかしうそ姫様の方では全く相手にしていないそうだ。我々如き者が文を届けたとて、返事をくれるものか。それならば山雀(やまがら)の五作に頼みなされ。うそ姫様とは幼なじみということだから、一応の返事くらいもらってくれるやもしれぬ。」

【烏の九郎左衛門と鷺の新兵衛に相談するふくろう】
【烏の九郎左衛門と鷺の新兵衛に相談するふくろう】


 なるほどと思ったふくろうは、山雀の五作をたずねました。
「山雀どの、この老いぼれがたわけたことをと思われるかもしれぬが、うそ姫様に文を届けてはくれまいか。」
「なんと、あの鷲様が恋いこがれていらっしゃるうそ姫様にとな。むむむ……。しかしふくろう殿があまりにおいたわしいので、お使いを引き受けましょう。」
ふくろうは喜んでこまごまと文を書きました。
 

【山雀に恋文を託すふくろう】
【山雀に恋文を託すふくろう】


「あなた様を一目見てから、心乱れております。こんなことならいっそ死んでしまおうかとも思いますが、あなた様への未練で死に切れません。
 深山の木の葉や空の星、海の波や浜辺の砂を数え尽くすことができたとしても、わたしがあなた様を思う気持ちは数え尽くすことはできません。あなたの美しさには春の花、秋の月、小野小町や楊貴妃も及びません。
 もしあなたを恋していると言うことが鷲様のお耳に入り、殺されたとしても命など惜しくありません。
 わたしの恋心を知っていただきたくてお手紙を差し上げました。同じ木の下で雨宿りするのも、多生の縁と申します。及ばぬ恋をする者には、神仏もあわれをかけて下さることでしょう。どうかどうかお返事を。」

 ふくろうはこの手紙を山雀の五作に託しました。

 その後ふくろうは、神仏に祈りました。中でも御山(みやま)の薬師仏には、特に念入りにお祈りしました。
「南無薬師瑠璃光如来。願わくばそれがしの恋文が無事うそ姫様のもとへ届き、良い返事がいただけますように。もしこの願が叶ったならば、金銀をちりばめた宝殿を寄進いたしましょう。」
頭を地につけて祈ります。
 

【御山の薬師に祈るふくろう】
【御山の薬師に祈るふくろう】


 さて、ふくろうから恋文を受け取った山雀の五作は、うそ姫様のお屋敷へ出かけて行きました。いつものようにたわいない世間話をした後で、切り出しました。
「実は今日うかがったのは他でもない、亀割坂のふくろう殿に頼まれてのことなのです。ふくろう殿はあなたに恋をしておられる。これ以上だまっていられなくなってそれがしに文をたくされたのです。」
と言って、例の文を差し出しました。
 けれどもうそ姫様は受け取らず、山雀の方へ投げ返しました。山雀が、
「ふくろう殿がそれがしを頼りにして託された文を、どうして返すことができましょうか。」
と言うと、うそ姫様は、
「よくお聞きなさいな。長年鷲様からお文をいただきながら、一度もお返事を差し上げたことはございません。それなのに、幼なじみのあなたがお使いをしたからと言って、ちょっとお返事したとあっては、鷲様がだまっていらっしゃいますまい。くれぐれもこれを他におもらしなさいますな。」
と言って、返事を書きました。
 

【山雀から恋文を受け取るうそ姫様】
【山雀から恋文を受け取るうそ姫様】


「お文、うれしく拝見いたしました。葛城の神様にゆかりのあなた様のようなお方が、わたくしのような拙い者にお心をおかけ下さるとは忝ないことです。そうは申しましても、あなたさまとはこの世の縁が薄うございます。この世を過ぎて、また来る世、天に花が咲いて地に実がなる時に、西方の阿弥陀様の浄土でお会いしましょう。」

 ふくろうは山雀からこの文を受け取って、急いで開いてみますが、通り一遍の返事です。山雀も面目なさそうにすごすごと帰っていきました。
 がっかりしたふくろうは、木の葉を枕に少しうとうととしておりました。するとふくろうの夢枕に御山の薬師様が立たれました。
「わたしは御山の薬師である。うそ姫から良い返事をよこしたのに、それを知らずにいるのが不憫なのでこうしてやってきたのだ。
 『この世を過ぎて、また来る世』とは『この夜を過ぎて、また来る夜』、つまり明日の夜のこと、『天に花が咲く』とは空に月や星が出ること、『地に実がなる』とはほのかに明るくなること、『西方の阿弥陀様の浄土』とは西の方角にある阿弥陀堂のことである。つまり明日の夜、月が出る頃に阿弥陀堂で逢おうという返事なのじゃ。」

 ふくろうはがばと起きあがり、急いで仕度すると阿弥陀堂へ向かいました。
 阿弥陀堂で一晩中うそ姫様を待ちます。けれど真夜中に少しうとうとしてしまいました。ちょうどそこへ十二単を着たうそ姫様が、乳母を連れてやってきました。見るとふくろうはいねむりをしているではありませんか。うそ姫様はふくろうを起こすと歌を詠みました。
  思ふとは誰(た)が偽りのうそとかし思はねばこそまどろみぞする
  〈わたくしのことを思って下さるとおっしゃったのはうそだったのですね。思わないからこそうたたねなんかなさるのだわ。〉
 それを聞いたふくろうは、
  宵は待ち夜中は恨み曉は夢にや見んとまどろみぞする
  〈宵のうちはひたすらあなたをお待ちしていましたが、いらっしゃらないので、夜中にはお恨みし、曉にはもしや夢でお逢いできるかとまどろんでいたのです。〉
と返歌しました。
 うそ姫様はこの歌を聞いて機嫌を直し、ふくろうと結ばれました。
 

【結ばれるふくろうとうそ姫様】
【結ばれるふくろうとうそ姫様】


「ずっとあなたに恋いこがれ、苦しい思いをしてきましたが、今こうして逢うことができるとは夢のようです。」
「あなた様のお噂はうかがっておりましたが、まさかこのようにお逢いできるとは夢にも思っておりませんでした。ゆっくりお話ししたくは存じますが、人目を忍んで参りましたので、もう帰らなくてはなりません。」
「わたくしを思って下さるならもう少しここにいて下さい。」
「いえ、もう帰ります。今夜のことは決して人に知らせないで下さい。」
うそひめ様は急いで宿へ帰ってゆきました。

 さて、隠そうとしても、ふくろうがうそ姫様と結ばれたという噂はたちまち鳥たちの間に広まってしまいました。うそ姫様に恋をしていた鳥たちの悲しみは大変なものです。
 

【悲しむ鳥たち】
【悲しむ鳥たち】


 そうこうするうちに、とうとう噂は鷲様の耳にも入ってしまいました。鷲様は怒ってふくろうのもとへ刺客を遣わしましたが、ふくろうは素早く木の陰に隠れたので無事でした。怒りのおさまらない鷲様は、あろうことかうそ姫様を殺してしまったのです。
 これを聞いたふくろうは、目も当てられないほど嘆き悲しみました。うそ姫様の後を追って、切腹しようとします。それをふくろうの親類であるミミズクの木助が止めました。
「腹を切るよりも、うそ姫様の菩提を弔って差し上げなさい。」
ふくろうは納得して自害を思いとどまりました。

 その後、死者の霊を呼び出すことのできる梓巫女(あずさのみこ)を呼んで、うそ姫様の霊を呼び出すことにしました。巫女は早速うそ姫様の言葉を伝えます。
「この世でのあなた様とのご縁がこんなに早く尽きてしまうとは、夢にも思いませんでした。このように住む世界が別になってしまっては、未来永劫一緒にいようと誓った約束も何の甲斐もありません。
 お話ししたいことは海山のようにたくさんあって語り尽くせそうにありません。この世への未練や執着は、往生のさまたげとなっています。
 しかも弓矢にかかって命を落とした者は、昼六度、夜六度、あわせて十二度の苦しみを受けなくてはなりません。その苦しみを想像してみて下さい。
 名残は尽きませんが、閻魔王の前をこっそり抜け出してきたので、そろそろ帰らなくてはなりません。さあ、今度は阿弥陀様の極楽浄土へ急ぐとしましょう。」
そうしてうそ姫様の霊は還って行きました。
 

【うそ姫様の霊と対面するふくろうたち】
【うそ姫様の霊と対面するふくろうたち】


 その後もふくろうの嘆きはますばかりです。とうとう元結いを切って高野山へ上り、奥の院で出家しました。熊野を始めとして諸国を遍歴し、うそ姫様の菩提を弔います。恋しいうそ姫様のためと思えば、辛いとは全く思わなかったということです。


■ 完 ■

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