しほやきぶんしやう あらすじ

  • 思い切り省略したところもあれば、くどくど描写したところもありますが、通読すればあらすじがたどれるようになっています。
  • 挿絵ごとにだいたいの解説をまとめてみました。
                             2000年3月9日 おとぎ紙芝居作製係

 

【巻上】

 

 初めから終わりまで良いことづくめの、塩焼き文正のお話です。

 常陸の国、鹿島大明神の大宮司殿という大金持ちのお屋敷に、文太という下人が仕えていました。たいへん正直な者で、大宮司殿にもたいそうかわいがられておりました。

【立派な大宮司殿のお屋敷の様子。奥方や子供と並んで大宮司殿が奥に座っています。その前にかしこまっている緑色の着物が文太です。】
【立派な大宮司殿のお屋敷の様子。奥方や子供と並んで大宮司殿が奥に座っています。その前にかしこまっている緑色の着物が文太です。】

 

 ところがある時、大宮司殿は文太の心根を試すつもりか、突然「出て行け」と申し渡しました。文太はびっくりしたもののどうしようもなく、泣く泣く大宮司殿の館を後にしました。

【泣く泣く大宮司殿の館を後にする文太。】
【泣く泣く大宮司殿の館を後にする文太。】

 

 あてもなく行くうちに、塩焼きをする海辺にたどり着きました。文太はある塩屋の主人に頼んで、そこに置いてもらうことにしました。

【文太はある海辺の塩屋を訪ねます。主人の情けでそこにおいてもらえることになりました。】
【文太はある海辺の塩屋を訪ねます。主人の情けでそこにおいてもらえることになりました。】

 

 やがて文太は、塩屋の仕事を手伝うようになりました。たいそう力持ちでしたので、五、六人分の薪を一人で集めてしまいます。

【力持ちの文太は軽々と重い薪を拾い集めてしまいます。塩屋の主人も満足そうです。】
【力持ちの文太は軽々と重い薪を拾い集めてしまいます。塩屋の主人も満足そうです。】

 

 何年かたちました。文太は主人から塩釜を二つ譲り受け、自分で塩を焼いて売ることにしました。文太の塩は美味しい上に身体にも良いとの評判で、飛ぶように売れます。おかげで文太はまたたく間に大金持ちになり、文正つねおか殿と呼ばれるようになりました。

【美味しくて身体にもよい文太の塩は大人気。飛ぶように売れて行きます。】
【美味しくて身体にもよい文太の塩は大人気。飛ぶように売れて行きます。】

 

 文正は立派なお屋敷をつくり、多くの蔵を建てて金銀財宝を積み上げ、何百人もの家来を召し使うようになりました。ある時文正は、財産がどのくらいあるのか、家来たちに計算させようとしました。しかし家来たちは、「多すぎてとても数えきれません」と言うばかりなのです。

【お金持ちになった文正は立派な屋敷に住み、たくさんの家来を召し使うようになりました。家来が文正に財産が多すぎて数えられないと報告しています。】
【お金持ちになった文正は立派な屋敷に住み、たくさんの家来を召し使うようになりました。家来が文正に財産が多すぎて数えられないと報告しています。】

 

 さて、大宮司殿も文正の噂を聞きつけて、早速呼びにやりました。もちろん文正は大喜びで参上します。もう下人の扱いではありません。

【久しぶりに大宮司殿に呼ばれ、喜んで参上した文正。】
【久しぶりに大宮司殿に呼ばれ、喜んで参上した文正。】

 

 大宮司殿は、どのくらい財産を持っているのかと文正に尋ねました。「数え切れないほどたくさんの蔵に、山のように積み上げております」と答えると、大宮司殿も感心したようです。

【文正は大宮司殿に自分の財産が数え切れないほど多いことを話します。蔵には米俵がぎっしりです。】
【文正は大宮司殿に自分の財産が数え切れないほど多いことを話します。蔵には米俵がぎっしりです。】

 

 さらに「で、子供は何人いるのだ」と聞かれて、「一人もございません」と答えます。すると大宮司殿は、「子供にまさる宝はないぞ。一人でも授かるよう、神仏に祈ってみよ」と諭しました。

 文正はなるほどと思い、我が家へ帰るといきなり女房を追い出そうとします。女房はびっくりして、大宮司殿のお世話で新しい妻を迎えようというつもりかと疑いました。

【家に帰るなり文正は女房を呼びつけて追い出そうとします。女房はびっくり。】
【家に帰るなり文正は女房を呼びつけて追い出そうとします。女房はびっくり。】

 

 女房がたいそうな剣幕で怒るものですから、文正も思い直しました。大宮司殿のお教えどおり、子供を授かるよう神仏にお願いすることにしました。

【文正は大宮司殿に子供が何よりの宝だと言われたことを話して聞かせます。神様仏様に子供を授けてもらおうということになりました。】
【文正は大宮司殿に子供が何よりの宝だと言われたことを話して聞かせます。神様仏様に子供を授けてもらおうということになりました。】

 

 夫婦そろって鹿島大明神にこもり、いろいろな宝物を奉納してお祈りしました。 七日目の夜、文正の夢に神様が現れ、二房の蓮華の花を下さいました。

【文正夫婦は鹿島の大明神に参詣し、子供を授けてくれるように祈ります。】
【文正夫婦は鹿島の大明神に参詣し、子供を授けてくれるように祈ります。】

 

 たいへん喜んで家に帰ると、まもなく女房がみごもりました。月日がたって、生まれたのは女の子でした。男の子を期待していた文正は腹を立てましたが、なだめられて赤ん坊を見てみると、またとなくかわいらしい女の子なのです。文正は、この姫君の乳母や侍女たちをよりすぐって、大切に育てました。

【文正夫婦に玉のような女の子が生まれました。乳母や侍女をそろえて大切に育てます。】
【文正夫婦に玉のような女の子が生まれました。乳母や侍女をそろえて大切に育てます。】

 

 次の年、女房は再びみごもって、また女の子を産みました。それを知った文正は、ますます腹を立てています。年輩の侍女たちに「姫君に立派なお婿さんが見付かったら、ご出世の道も開けるではありませんか」となだめられて、やっと思い直しました。赤ん坊を見てみると、姉君よりもっと美しい子でしたので、やはり乳母や侍女たちをよりすぐって仕えさせました。

【文正は美しい二人の娘たちを大切に大切に育てました。美しい侍女たちがたくさんお仕えしています。】
【文正は美しい二人の娘たちを大切に大切に育てました。美しい侍女たちがたくさんお仕えしています。】

 

 姫君たちは光り輝くように成長し、姉君は十一歳、妹君は十歳になりました。 両親は立派な屋敷を建てて、姫君たちを住まわせました。この姫君たちの評判を聞いて、近国の大名たちは我も我もと競って恋文を送りましたが、全く相手にされません。そこで大名たちは、姫君の物詣での途中に襲って奪い去ろうとねらったので、文正は屋敷の西側に姫君たち専用の立派な黄金のお堂を建てました。大名たちはなすすべもなく、ただ片思いに胸を焦がしていました。

【物詣での時に姫君たちがさらわれては大変と、文正は屋敷の近くに姫君たち専用の立派なお堂を建てました。】
【物詣での時に姫君たちがさらわれては大変と、文正は屋敷の近くに姫君たち専用の立派なお堂を建てました。】

 

 すると今度は大宮司殿から息子の嫁にとの仰せです。そうなったら大宮司殿と親戚です。文正は大喜びで家に帰りました。

【大宮司殿が文正の娘を息子の嫁にほしいと仰せです。文正は天にも昇るような気持ちです。】
【大宮司殿が文正の娘を息子の嫁にほしいと仰せです。文正は天にも昇るような気持ちです。】

 

 

【巻中】

 

 大宮司殿の息子との縁談を聞いた娘たちはしくしく泣き出しました。そんな結婚をしても大宮司殿の姫君や他の息子たちのお嫁さんに馬鹿にされるにきまっているというのです。文正はたいそうがっかりしました。

【大宮司殿の息子との縁談を聞いた娘たちはしくしく泣き出します。たいそう乗り気だった文正はがっかりです。】
【大宮司殿の息子との縁談を聞いた娘たちはしくしく泣き出します。たいそう乗り気だった文正はがっかりです。】

 

 文正が大宮司殿に娘たちが結婚を承知しないと報告すると、大宮司殿はたいそうご立腹です。つべこべ言わず、すぐに娘を嫁入りさせよとの仰せです。でも娘たちも負けていません。尼になるといってききません。大宮司殿もしぶしぶあきらめました。

 

 さて、衛府の蔵人道茂(えふのくらんどみちしげ)という人が、国司に任命されて都からやってきました。文正の娘たちの噂を聞いた道茂は、大宮司殿を通じて熱心に求婚してきます。文正は大喜びでしたが、姫君たちはやはり承知しません。道茂はがっかりして京に帰りました。

 

 道茂が文正の娘たちの噂をするのを聞いた殿下のご子息、二位の中将殿は、たちまち恋心を抱くようになりました。どうしたらよいだろうかと思い悩むうちに、とうとう病気になってしまいました。八月十五夜、若い貴公子たちが集まって、中将殿をおなぐさめしようと、琴・琵琶・笙の笛などを合奏します。

【中将殿をおなぐさめしようと開かれた管絃の宴。でも中将殿は月を見て物思いにふけるばかり。】
【中将殿をおなぐさめしようと開かれた管絃の宴。でも中将殿は月を見て物思いにふけるばかり。】

 

 とうとう中将殿は、兵衛佐たちに自分の恋をうちあけます。兵衛佐たちは中将殿に常陸に下向することを勧め、自分たちもお供を申し出ます。中将殿の喜びは言うまでもありません。早速出発することになりました。

【管絃の遊びのついでに兵衛佐たちは中将殿の恋の悩みを聞き出しました。中将殿は兵衛佐たちと一緒に常陸に下ることに決めました。】
【管絃の遊びのついでに兵衛佐たちは中将殿の恋の悩みを聞き出しました。中将殿は兵衛佐たちと一緒に常陸に下ることに決めました。】

 

 中将殿たちは商人に身をやつすことにしました。これなら簡単に文正の家に近づくことができるでしょう。いざ下向ということになり、中将殿は、出発前に両親の御前に参上しました。旅の決意を隠してのことですから、つい涙ぐんでしまいます。その様子を見て両親は心配になりました。中将殿はぐっとこらえてさり気ないふりをして自分の部屋へ帰りました。

【中将殿は両親に挨拶にやってきます。口には出しませんが心の奥底には出発の決意が秘められています。押さえようとしてもつい涙ぐんでしまいます。】
【中将殿は両親に挨拶にやってきます。口には出しませんが心の奥底には出発の決意が秘められています。押さえようとしてもつい涙ぐんでしまいます。】

 

 中将殿は帰ってくるまでの形見にと、柱に歌を書き付けました。

  年経ると忘るるまでも真木柱 面変はりすな今帰り来ん

(私のことを忘れてしまうくらいに長い年月が過ぎても変わらずにいておくれ 私はきっと帰ってくるから 真木柱よ)

【再び都へ帰ってくるまでの形見と思って柱に歌を書き付ける中将殿。】
【再び都へ帰ってくるまでの形見と思って柱に歌を書き付ける中将殿。】

 

 いよいよ都を発ち、常陸国を目指します。三河の国につくと、どこからともなく七十歳くらいの老人が山の中に現れて、この冬には恋しい女人に必ず会えるだろうと予言します。老人はかの有名な見通しの尉(じょう)だったのです。その後は頼もしく思い、足の痛さも忘れて常陸へと急ぎました。

【見通しの尉(じょう)に出会う中将殿たち一行。「中将殿は必ずや恋する女人と結ばれるであろう」という予言に中将殿は力を得ます。】
【見通しの尉(じょう)に出会う中将殿たち一行。「中将殿は必ずや恋する女人と結ばれるであろう」という予言に中将殿は力を得ます。】

 

 そうこうしているうちに、中将殿は常陸に到着しました。まず鹿島の大明神に一晩お参りしてから、文正の屋敷を尋ねます。そこへ屋敷の中から一人の侍女が出てきて、取り次いでくれることになりました。

【商人に変装した中将殿たちは、うまく文正の屋敷に入り込むことができました。】
【商人に変装した中将殿たちは、うまく文正の屋敷に入り込むことができました。】

 

 中将殿たちは、おそろいの装束に千駄箱を背負い、扇をかざして、おもしろい売り口上を述べました。自分の恋心をちらりちらりとのぞかせながら、めずらしい品々を並べてみせました。しかもその声は、極楽に住む迦陵頻伽(かりょうびんが)という鳥のように美しいのです。

【中将殿たちは聞いたこともないような美しい声でおもしろく物を売ってみせます。文正の屋敷の人はみんな夢中で聞いています。】
【中将殿たちは聞いたこともないような美しい声でおもしろく物を売ってみせます。文正の屋敷の人はみんな夢中で聞いています。】

 

 文正もたいそうおもしろがって、何度も繰り返し売らせました。すっかり気に入った文正は、中将殿たちを自分の屋敷に泊めることにします。屋敷の中へ招き入れて、まず足を洗う湯を用意させますと、兵衛佐たちが中将殿の足を丁寧に洗ってさし上げます。文正の屋敷の者たちはこの様子を見て、商人風情が大げさなと笑いました。

【中将殿が藤右馬助たちに足を洗ってもらっています。都の貴公子らしい白い足が恋煩いと長旅のせいですっかりやせ細ってしまっています。事情を知らない文正の屋敷の者たちはなんと大げさな、と笑いました。】
【中将殿が藤右馬助たちに足を洗ってもらっています。都の貴公子らしい白い足が恋煩いと長旅のせいですっかりやせ細ってしまっています。事情を知らない文正の屋敷の者たちはなんと大げさな、と笑いました。】


 食事がすむと、文正がやってきて、中将殿たちにお酒をすすめます。まずは主人である自分からといって、三口飲んでから、中将殿におすすめします。中将殿より先に盃を取る人がいるなんて、都では考えられません。お供の人々はあまりの無礼に気が遠くなりそうでした。

【文正がやってきて酒盛りが始まりました。田舎者の文正のことですから、中将殿の正体はおろか、都の礼儀作法など知るはずもありません。お客様よりも先に盃を飲み干しました。都では考えられないことと、お供の人々は唖然としています。】
【文正がやってきて酒盛りが始まりました。田舎者の文正のことですから、中将殿の正体はおろか、都の礼儀作法など知るはずもありません。お客様よりも先に盃を飲み干しました。都では考えられないことと、お供の人々は唖然としています。】

 

 文正は、酒がまわるにつれて、娘たちのことをぺらぺらとしゃべり出しました。その後、中将殿は、なんともいえず美しい品物に硯をそえて、姫君たちのもとへ遣わしました。硯の中には小さな小さな紅葉の色の手紙が入っています。

  君ゆゑに恋路に迷ふもみぢ葉の 色の深さをいかで知らせん 

(あなたのために恋の道に迷っている私は、悲しみのあまり血の涙を流しています その涙に染まった紅葉がどんなに深い色をしているか、なんとかして知っていただきたいものです)

という歌が書いてあります。墨の具合や筆の流れるような跡など、今まで見たことがないほどすばらしく思われます。姫君もこの手紙にはすっかり魅了されてしまいました。

 

 さて文正は仏堂へお参りすることをすすめます。中将殿たちが行ってみると、まばゆいばかりに尊いお堂なのでした。中将殿たちはお堂においてあった楽器をみつけ演奏しはじめます。文正の家の侍女たちは、庭に座り込んで聞き惚れてしまいまいした。彼女たちの帰りが遅いので残っていた侍女たちも十人、二十人と連れだって行くうちに、侍女たちはみな残らず行ってしまいました。

【中将殿たちはお堂で琵琶や琴などを演奏しはじめました。管絃の演奏など初めて聞く文正の家来たちは呆気にとられて聞き惚れています。】
【中将殿たちはお堂で琵琶や琴などを演奏しはじめました。管絃の演奏など初めて聞く文正の家来たちは呆気にとられて聞き惚れています。】

 

 侍女たちが戻ってこないのでしびれをきらした文正がお堂に行ってみると、二、三百人もの人がぎっしりと並んでいます。文正は怒りに目をむいて怒鳴りつけ、杖で打とうとしましたが、音楽のしらべが聞こえると、握っていた杖も投げ捨てて、あっけにとられてしまいました。

【侍女たちが帰ってこないのを叱りつけようと杖を握りしめ、お堂に向かう文正。しかしこのあと文正本人もまた演奏に聴き入ってしまうことになります。】
【侍女たちが帰ってこないのを叱りつけようと杖を握りしめ、お堂に向かう文正。しかしこのあと文正本人もまた演奏に聴き入ってしまうことになります。】

 

 

【巻下】

 

 文正はたいそう感動し、いろいろな宝物を出してきて中将殿たちに差し上げました。

 さて姉君は、先日中将殿からいただいた手紙のことが秘かに気になっていました。けれども、こちらから言葉をかけるつてはないし、もしかするとあの国司以下の人かもしれないと、いろいろ思いあぐねておりました。

【中将殿からの文を眺めながら姉君はあれこれともの思いにふけっています。「何だかとても心がひかれるわ。でもあんな商人ふぜいをと笑いものにされるかもしれない……。」】
【中将殿からの文を眺めながら姉君はあれこれともの思いにふけっています。「何だかとても心がひかれるわ。でもあんな商人ふぜいをと笑いものにされるかもしれない……。」】

 

 姉君は中将殿たちが音楽を演奏したということを聞きつけて、母親に、自分も聞いてみたいと熱心に頼みました。文正も二つ返事で承知します。中将殿も姫君のご所望と察し、いつもよりも念入りに演奏します。でも心は御簾の内の姫君のもとに飛んでいます。

【中将殿は恋する姫君のためにいつもよりも心を込めて演奏します。御簾のむこうからは姫君が熱い視線を送っています。】
【中将殿は恋する姫君のためにいつもよりも心を込めて演奏します。御簾のむこうからは姫君が熱い視線を送っています。】

 

 姫君たちはうっとりと聞き入っています。中将殿が姫君の姿が一目見たいと思い焦がれていると、風がさっと簾を吹き上げたのです。その瞬間に中将殿と姉君の目が合いました。姉君の美しさは噂に聞いていた以上です。姉君と中将殿はお互いに想いをつのらせます。

 

 酔った文正から姫君の居所を聞いた中将殿は、その夜皆が寝静まってから、こっそりと姫君のお部屋へ忍んで行かれました。姉君はびっくりしましたが、中将殿が身分を明かし、衛府の蔵人が噂話をしたことから、恋い焦がれてきた胸の内を切々と語るのを聞いて、心を開きます。二人は互いに深く契りを結びました。

【とうとう中将殿は姉君と結ばれます。胸に秘めてきた恋心をかきくどき、正体を明かす中将殿。二人は将来を固く誓い合いました。】
【とうとう中将殿は姉君と結ばれます。胸に秘めてきた恋心をかきくどき、正体を明かす中将殿。二人は将来を固く誓い合いました。】

 

 秋の夜長といえども、あっという間に明けてしまいます。二人は、

 恋ひ恋ひてあひ見る夜半の短きは まだ睦言の尽きも果てぬに

(ずっと恋い焦がれていたあなたにやっとお会いできた夜のなんと短いことか。まだ睦言も尽きないうちに明けてしまいましたよ)

  数ならぬ身には短き夜半ならし さてしも知らぬしののめの道

(賤しい私には、今宵が短かったかどうかすらわからないうちに、夜が明けてしまいましたよ)

と歌を読み交わします。何度も逢瀬を重ねるにつれ、ますます愛情が深まってゆき、いつまでもどこまでも夫婦仲良く一緒にいようと、固く約束を交わすのでした。

 こうして逢瀬を重ねるうちに、とうとう文正夫婦の知るところとなりました。二人はあわてましたが、しばらくはそっとしておくことに決めました。

【文正夫婦は姉君が商人と結ばれたことを知り、あわてます。けれどもしばらくはそっとしておこうということになりました。】
【文正夫婦は姉君が商人と結ばれたことを知り、あわてます。けれどもしばらくはそっとしておこうということになりました。】

 

 さて今度は大宮司殿が商人たちの管絃をご所望です。中将殿たちが演奏を始めると紫色の雲がたなびき、この世のものとも思えぬ香りがただよってきました。輿に乗ってやってきた大宮司殿は、噂の商人が都の中将殿をと知りびっくり仰天、思わず輿から転げ落ちてしまいます。それを聞いた文正はわけがわからなくなってしまいました。何しろ商人ふぜいと思っていたのが、殿下の若様だったのですから。その若様を姉姫の婿に迎えたとあっては、めでたいことこの上ありません。

【「これは関白殿下の中将殿!」びっくりした大宮司殿は、輿から転げ落ちて庭にかしこまります。何がなんだかわからない文正。】
【「これは関白殿下の中将殿!」びっくりした大宮司殿は、輿から転げ落ちて庭にかしこまります。何がなんだかわからない文正。】

 

 大宮司殿はあまりにおそれ多いので、御輿を遣わして自分の屋敷にお迎えしました。このことを聞いた大名たちは直ちにこぞって参上しました。大宮司殿の屋敷のあたりは、行き違うこともできないほどのにぎわいです。

【中将殿は大宮司殿の屋敷に移りました。周辺の大名たちが次々と参上します。】
【中将殿は大宮司殿の屋敷に移りました。周辺の大名たちが次々と参上します。】

 

 中将殿はいつまでもこうしているわけにはいかないので、姉君を連れて上洛することにしました。大名たちはわれもわれもとお供を申し出たので、その数は一万余騎にもなりました。

【中将殿が上洛すると聞きつけて、お供しようとする大名たちが、四方八方から集まってきます。】
【中将殿が上洛すると聞きつけて、お供しようとする大名たちが、四方八方から集まってきます。】

 

 文正夫婦は大宮司殿夫妻をはじめ、あちこちから主人にあたる人をやとって娘のお供をさせることにしました。ずらりと並んだ蔵にぎっしりとつまった宝物を、今使わずしていつ使うのだとばかりに、惜しげもなく使って上洛の準備をします。

【お供の人々もそろい、中将殿の上洛のお仕度はすっかり整いました。】
【お供の人々もそろい、中将殿の上洛のお仕度はすっかり整いました。】

 

 姉君の上洛の様子を一目見ようと集まってきた人々で、文正の家の前はごったがえしていました。見物の人たちはみな文正の娘の果報を口々に噂しました。

はるばると旅を続けて、三月上旬には都に到着しました。

【中将殿は姉君を連れて都へ向かいます。大勢のお供に金銀で飾った輿、なんとも華やかな行列です。】
【中将殿は姉君を連れて都へ向かいます。大勢のお供に金銀で飾った輿、なんとも華やかな行列です。】

 

 都に到着した中将殿は、両親に手紙を書き、姫君を会わせることにしました。両親も姫君の美しさにすっかり魅了され、姫君を大切に扱います。

【都に戻った中将殿は、姉君と仲むつまじく暮らします。父上や母上も姉君を気に入ってくれました。】
【都に戻った中将殿は、姉君と仲むつまじく暮らします。父上や母上も姉君を気に入ってくれました。】

 

 帝も中将殿が帰ってきたことを喜んで中納言に出世させました。中納言殿が文正の娘と結婚するまでのいきさつをご報告すると、妹君を妻に迎えようとの宣旨が下りました。すぐさま勅使が常陸に遣わされます。しかし最愛の妹君まで手放すのは忍びないとの文正の返事に、文正夫婦もろともに上洛せよとの宣旨が下ります。文正夫婦と妹君は上洛し、文正は宰相中将に任ぜられました。

【妹君は帝に召されることになりました。文正夫婦も一緒に上洛することが許され、この上の喜びはありません。】
【妹君は帝に召されることになりました。文正夫婦も一緒に上洛することが許され、この上の喜びはありません。】

 

 妹君は女御として参内します。帝は妹君の美しさに夢中になり、深く契りを結ばれました。ついには妹君を皇后にとの宣旨が下されました。しかも若君、姫君も生まれ、帝の喜びは言うまでもありません。中納言殿も父君に職を譲られ、今は関白殿になりました。姉君は北の政所と呼ばれ、こちらも若君、姫君に恵まれ、幸せに暮らしました。

【中納言殿と姉君の間にはかわいい若君や姫君も生まれました。妹君もお后となり、文正一族は末永く栄えました、とさ。】
【中納言殿と姉君の間にはかわいい若君や姫君も生まれました。妹君もお后となり、文正一族は末永く栄えました、とさ。】

 

 文正夫婦はともに百歳まで長生きしました。夫婦の死後、后の宮、北の政所は二人であちこちにお寺を建て、両親の菩提を弔いました。二人とも百歳まで長生きし、その子供たちもそれそれ末永く栄えたということです。

 

 この物語をお読みになった方々は、文正の幸運にあやかって、果報に恵まれ長生きし、後の世までも思いどおりになると言われます。恋の道もめでたく結ばれるにちがいありません。めでたし、めでたし。