駿河伊達文書とは
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伊達政宗で知られる奥州伊達氏と祖を同じくする一族は、中世は駿河の国人【こくじん】として、そして近世は美作【みまさか】津山藩の藩士として存在しました。この駿河伊達氏伝来の古文書は、総数121点で、時期としては南北朝期から明治初年にわたるものです。
ここでは、近世初頭から明治時代にかけての文書65点を公開しています。様々な内容の文書を含みますが、その中心をなすのは、元禄3(1690)年から翌年にかけての伊達の家名をめぐる争論関係のものです。幕府評定所での裁許にいたったこの争論の過程で系図などがあらためてととのえられ、関係文書がまとめて後世に伝えられたと考えられます。中世文書56点は別で公開していますので、そちらもご覧ください。
※【】内は、読み仮名。
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