瑜伽師地論
瑜伽は梵語yoga(ヨーガ)の音写。観行をなす瑜伽行者を瑜伽師と言い、所行の十七の境界を瑜伽師地と言う。瑜伽師地の位・行・果を詳論することから『瑜伽師地論』と呼ぶ。法相宗唯識派の根本論書であり、注釈書も多い。
この写本は巻首の印から、石山寺一切経の一巻と知られる。石山寺一切経は僧念西が久安四年(一一四八)以降保元年間にかけて発願勧進した写経が中心となっており、書写と同時に奈良・平安時代の古写経の蒐集も行われた。本書もその際に集められた奈良朝写経の一つである。一切経の事業はその後も朗澄(一一三一 - 一二○八)などによって継続され、室町時代には二度の補写が行われた。「石山寺一切経」の黒印は補写が完了した文亀二年(一五○二)頃に捺されたと推定されている。石山寺には一切経として合計四六四四帖が現存し(そのうち奈良時代書写のものが二七五帖)、全体が重要文化財に指定されている。現在の石山寺一切経では第三十九函が『瑜伽師地論』にあたり、全百巻のうち四十三巻が現存する。僚巻は京都国立博物館、奈良国立博物館、唐招提寺、天理図書館などに分蔵されている。
本書はもと巻子本であったが、江戸時代の天明・寛政年間に、石山寺の尊賢によって折本に改められている。巻物状の巻子本はかさばらない点で有利であるが、開閉に不便があり、とりわけ末尾を見たいといったランダムなアクセスには適さないことから、後世、巻子をそのまま折りたたんだ形の折本装が発生した。料紙を次々に貼り継ぐという基本形態は同一であるため、巻子本が折本装に改められることはよくあり、また一度折本に改められたものが後に再び巻子に戻されることもある。石山寺一切経では巻子本を折本装に改め、朱刷雲竜文の表紙を付した、本書と同形態のものが多い。
奥書を欠くが、奈良時代の古写である。平安時代初期九世紀に加えられた白点による仮名及びヲコト点(第四群点)がある。南都古宗における加点であろう。
本学には本書の他に、『瑜伽師地論』の古写本が四帖蔵され(巻第五六・七六・八一・九七、文学部 国文(貴))、いずれも石山寺一切経本である。巻第七六・八一・九七の三巻には巻尾に別筆で「天平十六年歳次甲申三月十五日讃岐國山田郡舎人國足」の奥書がある。石山寺経蔵本四十三巻の内、二十一巻に同様の識語がある。これらは奥書から「舎人國足願経」と呼ばれている。(出典:「学びの世界 -中国文化と日本-」 平成14年度京都大学附属図書館公開展示会図録)