蘇悉地羯羅経
蘇悉地羯羅は梵語 Susiddhikara の音訳。漢訳は「妙成就作業」、一切の作業を成就する妙法の意である。略して蘇悉地経とも呼ぶ。密宗三部経の一つであり、天台密教では胎金不二の秘経として、大日経・金剛頂経とならぶ根本経典である。
本資料には、延喜九年(九○九)、承暦三年(一○七九)、保安二年(一一二一)の三種の奥書があり、白・朱・墨を用いて複数の加点がある。白点による加点が延喜の奥書に対応する。白点は胡粉を溶いた修正用の白液を用いて訓点を記人したもの。初期の仏典書写の料紙は黄麻紙やそれを模した黄穀紙が多く、黄色地の上では朱点よりも白点の方が見やすいという実用性から白点が使用された。そのため、仏書を中心とする初期の訓点資料には白点資料が多い。
延喜の奥書に見える「空恵」は寺門派の祖・円珍(八一四 - 八九一)の弟子であり、本資料により西墓点の現存最古の使用者と認められている。西墓点は天台宗園城寺(三井寺)専用のヲコト点として十世紀以降盛んに使用された点であり、第一群点に属する。本書に使用された点が点図集所載の西墓点とほぼ完全に一致することから、西墓点が十世紀初頭において、すでに高度な発達をとげ固定化していたことがわかる。「西墓」とは星点が右上からニ・シ・ハ・カとなることによる命名である(下図参照)。
他に朱点と墨点があるが、墨点には薄濃二種あって、薄い墨と朱点が承暦の加点、濃い墨が保安の加点と考えられる。承暦・保安の点は、延喜の点とは異なり、天台宗山門派の訓読を伝えている。
本資料は西墓点加点資料として最も古く、朱・墨による詳細な片仮名付訓とあいまって、国語資料として極めて貴重である。また、「未」字を「イマダ―ズ」と訓むような再読字は平安時代中期に発生するが、本書は仏書に再読字が見られる最も古い例の一つとして知られている。(出典:「学びの世界 -中国文化と日本-」 平成14年度京都大学附属図書館公開展示会図録)